夕焼けの宵の明星
ようやく金星が太陽の東側に戻ってきました。
西の空が開けた場所なら、夕焼けの橙色の中に、明るい点があるのに気づいたら、それが金星。
近くのより高度の低い場所に、水星がいるはずなんだけれど、僕は、残念なことに生まれてこの方、水星をみたことがない。
金星も水星も日没後、さっさと太陽を追うように沈んでしまうので、勤め人の僕には、休日以外は見られない。
先日の土曜日に、双眼鏡でみたけれど、結構、印象のある眺めでした。
うっすら曇った夕焼け空、黄色と橙色を背景にして、黒く盛り上がった山影の端からやや上に上がったところ。
黄色と橙色の中間のように色づいた星が、
暮れ行く夕空の中の地平線近く、
わずかに残った暖かい色の光の帯の中で輝いていました。
印象に残る眺めでした。
西の空が開けた場所なら、夕焼けの橙色の中に、明るい点があるのに気づいたら、それが金星。
近くのより高度の低い場所に、水星がいるはずなんだけれど、僕は、残念なことに生まれてこの方、水星をみたことがない。
金星も水星も日没後、さっさと太陽を追うように沈んでしまうので、勤め人の僕には、休日以外は見られない。
先日の土曜日に、双眼鏡でみたけれど、結構、印象のある眺めでした。
うっすら曇った夕焼け空、黄色と橙色を背景にして、黒く盛り上がった山影の端からやや上に上がったところ。
黄色と橙色の中間のように色づいた星が、
暮れ行く夕空の中の地平線近く、
わずかに残った暖かい色の光の帯の中で輝いていました。
印象に残る眺めでした。
続・復職うつ病患者の独白
未来のことはくよくよしないつもりでいるんだけど、突然、降って湧いたようにある思いに沈むことがある。
今日の帰りの通勤電車の中では、結構、辛かった。
モグラみたいに穴を掘って、そこにうずくまって何もせずにいれたら、どれだけいいかな、とぼんやり考えてた。
いまは治まっているけど。
今日の帰りの通勤電車の中では、結構、辛かった。
モグラみたいに穴を掘って、そこにうずくまって何もせずにいれたら、どれだけいいかな、とぼんやり考えてた。
いまは治まっているけど。
UPDATE 11%の続き
家のブルーレイHDDレコーダー(BDZ-AT300S)の表示が「UPDATE 11%」で操作不能になっていたので、修理窓口にTELした。
混んでいて係りのものにつなげない、後から電話をかけても良いか聞かれたので了承した。
しばらく寝こけていたら、電話がかかってきた。いろいろと復旧方法を試させてもらうも、うんともすんとも言わず。
「うまく、復旧できるといいなぁ」と思っていて、修理扱いにはしたくなかったんだけど、結局、修理扱いとなったのだから、
まぁ、それは、ひとつの結果といえば結果として納得。
修理品が帰ってくるまで、10日から半月。
別段、撮りたい番組も思い浮かばない。…って、録画機能は不要ってことか?(爆)
混んでいて係りのものにつなげない、後から電話をかけても良いか聞かれたので了承した。
しばらく寝こけていたら、電話がかかってきた。いろいろと復旧方法を試させてもらうも、うんともすんとも言わず。
「うまく、復旧できるといいなぁ」と思っていて、修理扱いにはしたくなかったんだけど、結局、修理扱いとなったのだから、
まぁ、それは、ひとつの結果といえば結果として納得。
修理品が帰ってくるまで、10日から半月。
別段、撮りたい番組も思い浮かばない。…って、録画機能は不要ってことか?(爆)
復職うつ病患者の独白
何とか、今週も、5日間、出勤できた。
仕事も何とかこなしている。でも、余裕はない。かつかつだ。
9月に、ある薬が倍になった。それのブースト効果か…?。
ブーストした反動で、ひどくしんどくなる。
そうしたら、さっさと寝るに限る。自分の場合、体を横にすると、いつの間にか、爆睡へGo。
日曜日に充分眠れたら、新しい朝だ。小さな、気力タンクも、このときは満タン。
ただ、ブースター(薬)の世話にならなきゃならないけど。(笑)
薬とのあんまり、長いお付き合いは、肝臓によろしくないので。
でも、お付き合いの終わる日がいつかなんてわかりっこない。
将来への不安?捨てる、捨てる、ぽいぽい捨てる。
くよくよして不安な事態が現実になるのを回避できるなら、いくらでもくよくよしよう。
でも、未来は、そうそう都合よくできていない。
未来ってのは、確率が0でない可能性のある事象の全体集合だ。いろんな可能性の集まりだ。
どの可能性の場所に到達するかは、到達してみないとわからないのだ。
未来が見通せるとしたら、それはそれはつまらない人生だろう。
だから、勝手に暗い未来を思い浮かべて、くよくよしない!を心がけるのだ!
仕事も何とかこなしている。でも、余裕はない。かつかつだ。
9月に、ある薬が倍になった。それのブースト効果か…?。
ブーストした反動で、ひどくしんどくなる。
そうしたら、さっさと寝るに限る。自分の場合、体を横にすると、いつの間にか、爆睡へGo。
日曜日に充分眠れたら、新しい朝だ。小さな、気力タンクも、このときは満タン。
ただ、ブースター(薬)の世話にならなきゃならないけど。(笑)
薬とのあんまり、長いお付き合いは、肝臓によろしくないので。
でも、お付き合いの終わる日がいつかなんてわかりっこない。
将来への不安?捨てる、捨てる、ぽいぽい捨てる。
くよくよして不安な事態が現実になるのを回避できるなら、いくらでもくよくよしよう。
でも、未来は、そうそう都合よくできていない。
未来ってのは、確率が0でない可能性のある事象の全体集合だ。いろんな可能性の集まりだ。
どの可能性の場所に到達するかは、到達してみないとわからないのだ。
未来が見通せるとしたら、それはそれはつまらない人生だろう。
だから、勝手に暗い未来を思い浮かべて、くよくよしない!を心がけるのだ!
中国の驚くべき進化、日本をしのぐかっ?
NHKのニュース。中国の都市部って、日本を凌ぐ事態になっている模様。
2歳児が車にひき逃げされる。その後18人が、2歳児を無視。19人目の女性がようやく救いの手を。
おっそろしく、他人に無関心になれるものだ。
日本も、「都市部の進化(もしくは退行と呼ぶべきか)」が進んで、同じ事態になる可能性十分。
特に目覚しいのが、公衆環境内での、自分都合による自分勝手な傍若無人っぽい行動。
これを僕は、「パブリックスペースの、集団的プライベートスペースへの相転移」と考えている。
水が、氷に変わるとき、特殊なの例外(過冷却水)を除いて、水全体が一瞬に凍りになるわけではなく、
徐々に氷へと、相転移するのと同じだ。
イメージとしては、パブリックスペースの中に、ぽかっ、ぽかっと、各個人のプライベートスペースが発生していくイメージ。
各個人のプライベートスペースのわかりやすい例を挙げるなら、
電車の中での化粧、混雑した電車内での携帯電話、スマフォやPSPの使用、また、それらをいじりながらの歩行、
本の読み歩き、階段などでの通行区分(上り・下り)の逆走など。
いずれもパブリックスペースに、個人の自己都合のプライベートスペースが持ち込まれ、
パブリックスペースにいる人間に対して譲歩を要求している。
もし、パブリックスペースの大部分が、多種多様なプライベートスペースで満ち満ちてしまった場合、
各個のプライベートスペースが接触しあって摩擦を引き起こすことは必定。
プライベートスペースが接触しあっている本人たちばかりか、
パブリックスペースを、パブリックスペースと正しく認識している人も、摩擦を余儀なくされ、心はいらだち、次第に荒んでいく。
抑圧された苛立ちは、人格を攻撃的に変化させ、より頑迷なプライベートスペースの発現を促す。
まさに、正のフィードバック。
プライベートスペースが増えれば増えるほど、プライベートスペース、パブリックスペース間での摩擦が発生し、
それが新たな、より頑迷なプライベートスペースを作り出し、余計に摩擦が増える。
摩擦が増えるから、余計に頑迷なプライベートスペースが増えて、さらに摩擦が起こる。
まさに、悪循環だ。
パブリックスペースのプライベートスペースへの相転移がどんどん進むぞ。
さぁ、さぁ、これからどうなるかな?、どうなるかな?
せめて、人に迷惑になるような行動はしたくないものだし、他の人もきっとそうに違いない。
2歳児が車にひき逃げされる。その後18人が、2歳児を無視。19人目の女性がようやく救いの手を。
おっそろしく、他人に無関心になれるものだ。
日本も、「都市部の進化(もしくは退行と呼ぶべきか)」が進んで、同じ事態になる可能性十分。
特に目覚しいのが、公衆環境内での、自分都合による自分勝手な傍若無人っぽい行動。
これを僕は、「パブリックスペースの、集団的プライベートスペースへの相転移」と考えている。
水が、氷に変わるとき、特殊なの例外(過冷却水)を除いて、水全体が一瞬に凍りになるわけではなく、
徐々に氷へと、相転移するのと同じだ。
イメージとしては、パブリックスペースの中に、ぽかっ、ぽかっと、各個人のプライベートスペースが発生していくイメージ。
各個人のプライベートスペースのわかりやすい例を挙げるなら、
電車の中での化粧、混雑した電車内での携帯電話、スマフォやPSPの使用、また、それらをいじりながらの歩行、
本の読み歩き、階段などでの通行区分(上り・下り)の逆走など。
いずれもパブリックスペースに、個人の自己都合のプライベートスペースが持ち込まれ、
パブリックスペースにいる人間に対して譲歩を要求している。
もし、パブリックスペースの大部分が、多種多様なプライベートスペースで満ち満ちてしまった場合、
各個のプライベートスペースが接触しあって摩擦を引き起こすことは必定。
プライベートスペースが接触しあっている本人たちばかりか、
パブリックスペースを、パブリックスペースと正しく認識している人も、摩擦を余儀なくされ、心はいらだち、次第に荒んでいく。
抑圧された苛立ちは、人格を攻撃的に変化させ、より頑迷なプライベートスペースの発現を促す。
まさに、正のフィードバック。
プライベートスペースが増えれば増えるほど、プライベートスペース、パブリックスペース間での摩擦が発生し、
それが新たな、より頑迷なプライベートスペースを作り出し、余計に摩擦が増える。
摩擦が増えるから、余計に頑迷なプライベートスペースが増えて、さらに摩擦が起こる。
まさに、悪循環だ。
パブリックスペースのプライベートスペースへの相転移がどんどん進むぞ。
さぁ、さぁ、これからどうなるかな?、どうなるかな?
せめて、人に迷惑になるような行動はしたくないものだし、他の人もきっとそうに違いない。